【重要】令和8年1月1日施行!取適法(旧下請法)による振込手数料「売手負担」禁止と実務対応
中小受託取引適正化法(旧下請法)の徹底解説:2026年施行に向けた企業対応
I. 法改正の背景と全体像
A. 法名称の変更「下請法」は「取適法(とりてきほう)」へ
2026年1月1日(令和8年1月1日)に施行される「下請代金支払遅延等防止法」(下請法)の改正は、日本の企業間取引の公正化に向けた極めて重要な転換点となります。
本改正法は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へと名称が変更され、略称は「中小受託取引適正化法」、通称は「取適法」となります。
1. 新旧法名称の特定と施行期日
旧法が「下請代金支払遅延等防止法」であったのに対し、新法はより取引の実態を反映し、その保護対象を明確にした名称となりました。
この法改正は、令和7年5月16日に成立し、同月23日に公布されたものであり、企業は施行期日である2026年1月1日までに、すべての取引慣行と社内体制を新法に適合させる必要があります。
2. 用語の刷新と取引意識の変革
法名称の変更に伴い、主要な法廷用語も刷新されます。
具体的には、「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に、「下請代金」は「製造委託等代金」等に改正されます。
この用語の刷新は、単なる形式的な変更にとどまらず、取引における企業文化の根本的な転換を求める政府の強い意思の表れです。
従来の「下請」という用語は、委託側と受託側の間に暗黙の上下関係や力関係が存在することを許容する文脈で用いられがちでした。
これに対し、「受託」という用語を使用することで、委託事業者はサプライヤーを対等なビジネスパートナーとして尊重し、取引の対等性を確保する意識改革が強く要求されています。
これは、原材料費や労務費の高騰局面において、受託事業者の事業継続性を確保し、適切な価格転嫁を円滑に進めるための環境整備を、法律レベルで推し進める措置であると理解できます。
3. 改正の目的
今回の改正の背景には、従来の資本金基準だけでは、実質的に優越的な地位にある中堅企業が法の規制対象から外れてしまうという構造的な問題が存在していました。
改正は、この資本金基準の限界を克服し、より取引構造の実態に即した保護網を構築することを目的としています。
特に、近年顕在化した物流「2024年問題」に代表される特定産業の構造的な取引不均衡に対処するため、運送委託が明確に対象に追加されるなど、政策的な課題への対応も含まれています。
B. 改正プロセスの経緯と今後の動向
本改正法案は、企業取引研究会報告書や、不当なしわ寄せ防止に向けた「中小事業者等取引公正化推進アクションプラン」といった政策的議論を経て、令和7年5月に成立・公布に至りました。
企業が今後注視すべき動向は、公正取引委員会および事業所管省庁(経済産業省、国土交通省など)が公表する、詳細な運用ガイドラインやQ&Aです。
特に、新たに導入される従業員数基準の具体的な算定方法、運送委託における「付随する役務」の範囲、および禁止される支払手段の詳細など、実務的な解釈指針が順次示されると予想されます。
これらの指針は、企業の具体的なコンプライアンス体制構築の基礎となるため、継続的な情報収集が不可欠です。
II. 最も重要な変更点:適用対象の抜本的拡大と実務上の課題
本改正において、企業が最も重大な影響を受けるのは、下請法の適用対象範囲が抜本的に拡大される点です。
従来の資本金のみに基づく基準が、取引の実態を正確に反映しきれていなかったという認識に基づき、新たに「従業員数基準」が導入されました。
A. 従業員数基準導入の構造的意義
従来の法適用は、親事業者及び下請事業者の資本金規模のみによって線引きがなされていました。
しかし、資本金が比較的小さくても、従業員数が多く、サプライチェーンにおいて大きな影響力を持つ中堅企業が存在します。
このような企業が規制対象外であった場合、取引の公正性が損なわれるリスクがありました。
このギャップを埋めるため、従来の資本金基準に加えて、新たに従業員数基準が導入され、適用範囲が大幅に拡張されます。
この変更は、形式的な資本金での線引きから、より取引の実態における力関係に即したものへと、規制の焦点を移す意図があります。
B. 委託事業者と中小受託事業者の基準の読み解き
改正法では、委託事業者(発注者)と中小受託事業者(受注者)の規制対象となる条件設定が、複雑化しています。
実務担当者は、取引先との関係性を判断する際に、これらの条件を厳密に適用する必要があります。
C. 新基準の詳細解説:取引類型別の適用要件(実務必須テーブル)
改正法に基づく適用対象基準は、取引類型ごとに6パターン定められています。
適用対象基準(中小受託取引適正化法)
| 取引類型 | 委託事業者(発注者)の基準 | 中小受託事業者(受注者)の基準 |
| 製造委託等 (製造、修理、プログラム作成など) | 資本金3億円超 | 資本金3億円以下(個人を含む) |
| 製造委託等(製造、修理、プログラム作成など) | 資本金1千万円超3億円以下 | 資本金1千万円以下(個人を含む) |
| 製造委託等(製造、修理、プログラム作成など) | 常時使用する従業員300人超 | 常時使用する従業員300人以下(個人を含む) |
| 役務提供委託等 (デザイン、一般役務、運送委託など) | 資本金5千万円超 | 資本金5千万円以下(個人を含む) |
| 役務提供委託等 (デザイン、一般役務、運送委託など) |
資本金1千万円超5千万円以下 | 資本金1千万円以下(個人を含む) |
| 役務提供委託等 (デザイン、一般役務、運送委託など) | 常時使用する従業員100人超 | 常時使用する従業員100人以下(個人を含む) |
特に「役務提供委託等」の基準は「製造委託等」よりも低く設定されており、多くのサービス取引が新たに規制対象となる可能性が高まります。
D. 中堅企業への影響
今回の改正における従業員数基準の導入は、特に資本金1億円前後の中堅企業に対して、極めて大きなコンプライアンス上の影響をもたらします。
従来の資本金区分(3億円、5,000万円、1,000万円)に基づくと、資本金1億円の企業は取引類型によって規制対象外となるケースが多くありました。
しかし、改正後、製造委託等の取引において、委託側が従業員数300人超であれば、資本金が3億円以下であっても規制対象の「委託事業者」となります。
これにより、資本金1億円規模の中堅企業であっても、その従業員数(例えば350人)によっては、大企業と同等の厳格な義務(3条書面管理、60日以内支払徹底、禁止行為の防止など)を負うことになります。
また、資本金が同じ1億円同士の企業間取引であっても、委託側が従業員数300人超で、受託側が従業員数300人以下であれば、下請法の適用対象となる可能性があります。
III. 委託事業者に課される新たな義務と規制
適用対象の拡大に加え、改正法は特定分野の取引における規制を強化しています。特に、物流分野における公正取引の確保と、中小受託事業者のキャッシュフローの安定化に重点が置かれています。
A. 運送委託の適用対象化と物流問題への対応
1. 運送委託の明確な追加
改正法では、製造、販売等の目的物の引渡しに必要な運送の委託が、役務提供委託等として、本法の対象取引に明確に追加されました。
これは、物流業界における不公正な取引慣行の是正、特に「物流2024年問題」への対策として不可欠な措置です。
2. グループ内物流取引の適用範囲
運送委託が対象となる際、企業グループ内における物流子会社への委託についても、留意が必要です。
親会社と当該親会社が50%超の議決権を所有する子会社との取引など、実質的に同一会社間での取引と見られる場合であっても、本法の適用が直ちに除外されるわけではないという運用上の見解が示されています。
この規定は、大企業が形式上、子会社を経由することで規制を回避し、間接的に受託事業者(孫請け等)に対して不当な圧力をかける構造を防ぐ意図があります。
したがって、企業グループ全体として、内部取引であっても、市場価格に基づいた公正な運賃設定を行い、価格決定プロセスの透明性を確保することが、グループ内部統制上の必須要件となります。
3. 運送に付随する役務提供の規制
運送の役務を提供させることに加えて、委託事業者が中小受託事業者に対し、運送の役務以外の役務(荷積み、荷下ろし、倉庫内作業等)を無償で提供させる行為は、不当な利益供与要請、または買いたたき等の禁止行為として厳しく取り締まられます。
例えば、大規模小売業者が、商品の配送を委託している下請事業者に対し、小売店舗の営業の手伝いのために従業員を無償で派遣させるような行為は、明確に違反となります。
委託事業者は、運賃と付随する役務の対価を明確に分離し、適正な対価を支払う義務を負います。
B. 支払手段の厳格化:キャッシュフロー確保の徹底
中小受託事業者の資金繰りを圧迫する要因の一つであった支払手段について、抜本的な規制強化が行われます。
1. 手形払いの原則禁止
対象取引において、手形払いが原則として禁止されます。
この規制強化に伴い、手形の割引困難性に関する現行規制は廃止されます。
手形による支払いは、中小受託事業者に割引手数料や資金化までの時間的リスクを押し付けるものであったため、この禁止措置は資金繰りの安定化に大きく寄与することが期待されます。
2. 困難な支払手段の包括的禁止
手形払いだけでなく、支払期日(物品等の受領後60日以内)までに代金相当額を得ることが困難な支払手段も、併せて禁止されます。
この規制は、単に支払期日という形式的な期限を遵守するだけでなく、中小受託事業者が実質的に資金を確保できるかという「実質的な支払確保」を重視するものです。
電子記録債権による支払いや一括決済方式を採用する場合であっても、金融機関での即座の資金化が保証されない、または煩雑な手続きを要する手段は、規制対象となる可能性があるため、支払方法に関する細心の注意が求められます。
C. 不当な経済上の利益の提供要請の禁止の明確化
委託事業者が下請事業者に協賛金、従業員の派遣等の経済上の利益を提供させることにより、下請事業者の利益を不当に害することを防止するため、禁止行為の具体的な事例が明確化されています。
1. 型・治具等の無償保管要請の具体化
製造業における長年の不公正な慣行であった、型や治具の無償保管要請が明確な違反行為として位置づけられます。
具体的には、親事業者が、量産終了から一定期間が経過した後も金型、木型等の型を下請事業者に保管させ、破棄申請に対して明確な返答を長期にわたり行わず、保管・メンテナンスに要する費用を考慮せずに無償で保管させた事例などが、不当な経済上の利益の提供要請の禁止に該当します。
委託事業者は、型・治具の保管や維持管理にかかるコストを適切に負担するか、または受託事業者からの破棄申請に対し、迅速に手続きに応じる義務を負います。
契約書や資産管理台帳において、型の所有権、保管責任、および費用負担を明確化することが必須となります。
2. 従業員の無償派遣要請の具体化
「金銭、役務その他の経済上の利益」には、協賛金や従業員の派遣等、名目の如何を問わず、下請代金の支払いとは独立して行われる労務の提供等が含まれます。
親事業者が自社の決算対策のために下請事業者に協賛金の提供を要請する行為や、運送業者である下請事業者に対し、小売店舗の営業の手伝いのために従業員を無償で派遣させる行為は、いずれも受託事業者の利益を不当に害するものとして禁止されます。
IV. 既存義務の再確認とコンプライアンス管理の深化
適用対象の拡大と新たな禁止行為の導入に伴い、委託事業者に従来から課されている義務についても、その遵守の徹底と管理の深化が強く求められます。
A. 書面交付義務(3条書面)の遵守徹底
委託事業者は、発注に際しては、直ちに法定の具体的記載事項をすべて記載した書面(3条書面)を下請事業者に交付する義務があります。
1. 記載事項の厳格な遵守
3条書面に記載すべき事項は多岐にわたりますが、特に下請代金の額、支払期日、検査完了期日などは重要です。代金の額については、具体的な金額を記載する必要があるものの、算定方法による記載も認められています。
しかし、実務的には、不確実性が高い、または受託事業者が容易に算定できない曖昧な算定方法は避けるべきであり、明確な金額提示に努めるべきです。
2. 電磁的交付(電子化)の促進と承諾要件
3条書面については、電子契約システムなどを利用した電磁的交付が認められています。
しかし、電磁的交付を実施する際には、受託事業者の事前の承諾を得ることが必須要件であり、承諾書の適切な取得・管理がコンプライアンス上の重要な焦点となります。
B. 価格交渉記録の重要性と書類作成・保存義務
委託事業者は、下請取引の内容を記載した書類を作成し、2年間保存する義務を負っています。
この書類作成・保存義務は、単なる取引記録の保管にとどまらず、近年特に重視される「公正な価格交渉の実施」を証明するための証拠保全の役割を担います。
昨今の原材料費や労務費の高騰を背景に、委託事業者が受託事業者に対し、コスト上昇分を考慮した適正な価格設定や見直しを行ったかどうかが、公正取引委員会の調査で厳しく問われる傾向にあります。
改正法により適用対象が中堅企業にまで拡大する中、規制対象となった企業においても、不当な「買いたたき」規制違反の防止のために、価格交渉の経緯、労務費上昇分の考慮、合意に至った理由などを詳細に記録に残すことが決定的に重要となります。
これらの価格交渉記録は、将来的に行政指導や勧告を受けた際の、企業のコンプライアンス努力を示す重要な証拠となります。
V. 遵守徹底のためのコンプライアンス・マネジメント
2026年1月1日の施行に向けて、特に新たに規制対象となる中堅企業を含め、すべての委託事業者には、従来の体制を抜本的に見直し、コンプライアンス・マネジメント体制を再構築することが求められます。
A. 全取引の洗い出しと取引先情報の再管理
最も緊急性が高いタスクは、従来の資本金基準のみに依拠していた取引先管理を、新法基準に適合させることです。
- コンプライアンス・ポートフォリオの再定義すべての既存取引先に対し、資本金情報だけでなく、従業員数も把握し直すための全数調査を直ちに実施する必要があります。
特に、公開情報(有価証券報告書等)を参照しにくい非上場の中小受託事業者との取引については、従業員数を確認するプロセスを明確化する必要があります。 - 取引先データベースの改修と判断フローの標準化取引先の資本金、従業員数を記録する項目をデータベースに導入し、取引類型(製造委託等、役務提供委託等)ごとに、新法の適用対象となるか否かを自動的に判定できるシステムを構築する必要があります。
従業員数は変動し得るため、定期的なデータ更新体制(例:年次報告ベースでの確認)を確立し、購買・調達部門がII.Cで示した複合基準に基づき、迅速かつ正確に判断できる実務用マニュアルやフローチャートを整備しなければなりません。
B. 法務・契約部門による契約書の抜本的見直し
施行期日までに、すべての既存契約および標準契約書式を新法に適合させる必要があります。
- 支払条項のコンプライアンスチェック手形払いの原則禁止に対応し、すべての契約書において手形払いに関する条項を削除し、代替の支払方法(現金または電子記録債権等)への移行を完了させる必要があります。
また、実質的に現金化が困難な支払スキームが残存していないかを確認し、支払期日(60日以内)の遵守と実質的な資金確保の両面から是正を徹底します。 - 運送・役務付帯コスト条項の是正運送委託が規制対象に追加されたことを受け、運送委託契約、および製造委託契約における運送・物流関連の条項を精査します。
型・治具の保管費用や、荷役作業などの付随役務のコスト負担に関する規定が、受託事業者に不当な負担を押し付けていないかを確認し、委託事業者の負担を明確化する修正を行う必要があります。
C. 教育・研修体制の整備
法適用対象の拡大に伴い、コンプライアンス教育の対象範囲を拡大し、研修内容を深化させる必要があります。
- 教育対象者の拡大と内容の具体化新たに規制対象となる中堅企業の経営層だけでなく、サプライヤーとの接点を持つ物流部門、現場の製造管理担当者、購買部門全員に対して、改正法の概要と禁止行為に関する具体的な事例研修を実施する必要があります。
特に、型保管や無償役務提供(荷役作業など)といった、現場レベルで発生しやすい違反行為の事例を具体的に示し、コンプライアンス意識を高める必要があります。 - 公正取引委員会資料の活用公正取引委員会が提供している下請法講習用動画や、関連資料を積極的に活用し、法的な理解度テストを導入するなど、研修の質の担保を図ることが推奨されます。
D. 内部統制と監督体制の強化
コンプライアンスの実効性を確保するためには、内部統制と監督体制の継続的な強化が不可欠です。
- 内部通報制度の周知徹底と報復措置の禁止通報者に対する報復措置は厳しく禁止されています。
この点を社内規定に明記し、中小受託事業者が安心して不公正な取引慣行について通報できる環境を整備することが重要です。 - 事業所管省庁との連携の理解本法では、受託事業者が公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、トラック・物流Gメンなどの事業所管省庁に通報した場合、本法の「報復措置の禁止」の対象となっていないことが示唆されています。
委託事業者側としては、内部通報や苦情処理体制を整備するだけでなく、事業所管省庁経由での是正指導も念頭に置いた、多角的なコンプライアンス・リスク管理体制を構築する必要があります。
VI. まとめ:改正法施行に向けた最終チェックリスト
中小受託取引適正化法の施行は、企業のサプライチェーン戦略とコンプライアンス体制に永続的な変化をもたらします。
経営層は、以下の最終チェックリストに基づき、2026年1月1日までの準備状況を点検する必要があります。
- 法適用対象の拡大理解と確認:自社の全取引先について、資本金だけでなく従業員数も把握し、従業員数基準により自社が新たに「委託事業者」となる取引、または保護対象の「中小受託事業者」となる取引がないか確認しましたか。
- 契約・支払手段の修正期限遵守:2026年1月1日までに、すべての取引契約において手形払いを全廃し、支払期日を60日以内とする契約書への修正を完了しましたか。
また、実質的に受託事業者の資金繰りを困難にする支払手段がないことを確認しましたか。 - 物流コンプライアンスの徹底:運送委託が本法の対象となることを理解し、運賃や荷役作業を含む付随役務の費用について、市場実態に基づいた適正な対価の支払いに着手しましたか。
- 不当な慣行の排除:金型や治具の無償保管要請、従業員の無償派遣など、不当なコスト転嫁を生じさせる慣行について、直ちに是正する指示を現場に徹底し、管理部門による監査体制を構築しましたか。
- 記録と教育の整備:公正な取引を証明するために、価格交渉の経緯や、原材料費・労務費上昇分の考慮を記録する体制を構築し、新たに規制対象となる部門を含む全社的な教育・研修を完了しましたか。
これらの対応を迅速かつ徹底的に行うことが、法規制の遵守に留まらず、サプライヤーとの強固で持続可能な取引関係を築き、企業価値を向上させるための戦略的な基盤となります。