令和8年度国税庁予算から読む税務調査の今後
令和8年度 国税庁予算(機構・定員関係)の概要と中小企業への影響
令和8年度(2026年度)の国税庁予算案において、機構・定員関係の概要が公表されました。近年の傾向を引き継ぎ、税務調査体制の増強が明確に打ち出されている点は、中小企業の経営者・経理担当者にとって見逃せないポイントです。本記事では、道濟会計事務所の税理士としての実務経験を踏まえ、この予算動向から読み取れる「今後の税務調査の方向性」と「中小企業が今すぐ備えるべきこと」を徹底解説いたします。
国税庁の予算書は一見すると行政の内部資料のように思えますが、そこには「今後どの分野に重点的にリソースを投入するか」という国税当局の明確な意思表示が含まれています。これを正しく読み解くことで、今後数年間にわたって税務調査で狙われやすい領域を先回りして把握し、適切な対策を講じることが可能になります。
国税庁の定員増と調査体制強化の全体像
過去数年間の定員推移と令和8年度の特徴
国税庁は長年にわたり定員削減圧力の中にありましたが、近年はインボイス制度の導入や国際課税への対応などを背景に、純増ベースでの定員確保に転じています。令和8年度予算においても、引き続き調査・徴収体制の強化のための増員が盛り込まれています。
| 年度 | 定員の傾向 | 主な増員分野 |
| 令和6年度 | 純増(インボイス対応等を背景に増員) | インボイス対応、国際課税 |
| 令和7年度 | 純増(デジタル化対応等を背景に増員) | デジタル化対応、富裕層調査 |
| 令和8年度 | 純増(調査・徴収体制の継続強化) | AI活用調査、消費税不正還付対策、暗号資産 |
※各年度の具体的な純増定員数は、国税庁公表の予算概要(機構・定員関係)をご参照ください。
令和8年度予算で特に注目すべきは、AI・データ分析を活用した調査選定の高度化に関連する取り組みが推進されている点です。従来の「人海戦術」から「データドリブンの調査」へとシフトが加速しており、これは中小企業にとって大きな意味を持ちます。なぜなら、従来は大企業を中心にリソースが投入されていた高度な分析手法が、中小企業にまで広く適用される時代が到来しているからです。
組織再編の注目ポイント
令和8年度予算では、国税局調査部門および各税務署における「情報技術専門官」の増員が目立ちます。これは電子帳簿保存法の本格運用開始後のデジタルデータを活用した調査に対応するための布石であり、同時に各種オンラインプラットフォーム取引や暗号資産取引に対する調査能力の強化を意味しています。
また、「国際税務専門官」の増員も継続しています。グローバルミニマム課税の導入に伴い、大企業だけでなく、海外取引のある中小企業に対しても移転価格やPE(恒久的施設)認定に関する調査が強化される見通しです。海外ECでの販売や外国企業との業務委託を行っている中小企業は、特に注意が必要です。
AI・データ分析による調査選定の高度化が中小企業に与える影響
KSKシステムの進化と新たな分析基盤
国税庁が長年運用してきたKSK(国税総合管理)システムは、すでに申告データのクロスチェック機能を備えていますが、令和8年度予算の方向性から推察すると、今後機械学習を用いた異常値検知機能のさらなる強化が進むものと考えられます。具体的には、以下のような分析がより高度化・自動化されていくと想定されます。
- 同業種・同規模法人との利益率の異常な乖離の自動検出
- 売上高と仕入高の推移の不整合の検知
- 消費税の仕入税額控除割合の異常値の抽出
- 役員報酬・交際費等の業界平均との著しい乖離の検出
- 電子帳簿保存データと申告データの自動突合
従来であれば、こうした分析は調査官の経験と勘に依存する部分が大きかったのですが、AIの導入により網羅的かつ高速に異常値を抽出できるようになります。つまり、「うちのような小さな会社には調査は来ないだろう」という考えは、もはや通用しなくなりつつあります。
AIによる異常値検知は、必ずしも不正を意味するわけではありません。しかし、一度「異常値」としてフラグが立てば、調査対象として選定される可能性が飛躍的に高まります。合理的な理由がある場合でも、その説明資料を事前に準備しておかなければ、調査時に不利な状況に追い込まれるリスクがあります。例えば、特定年度にのみ利益率が大きく変動した場合、その原因となる取引や経費の証拠書類を整理し、いつでも説明できる状態にしておくことが重要です。
インボイスデータの突合調査の本格化
令和5年10月に開始したインボイス制度は、令和8年度の時点で3年目を迎え、経過措置期間の段階的縮小が進んでいます。国税庁はインボイスの登録番号をキーとした売り手・買い手間のクロスチェックを本格化させる方針であり、令和8年度予算にもそのためのシステム投資が計上されています。
これが意味するのは、例えば取引先が発行したインボイスの金額と、自社が仕入税額控除として申告した金額に不一致がある場合、自動的に検知されるということです。消費税の税務調査では、仕入税額控除の適格性が最大の争点となりますが、このクロスチェックの精度向上により、些細な記載ミスや計算誤りでも指摘される可能性が高まります。
中小企業の経理現場では、インボイスの記載要件(登録番号、税率ごとの対価の額、消費税額等の記載)の確認が十分に行われていないケースが散見されます。特に、簡易インボイス(適格簡易請求書)と適格請求書の混同、少額特例の適用範囲の誤認などは頻繁に見受けられるミスです。令和8年度以降、これらが調査で厳格にチェックされることを前提とした体制づくりが求められます。
重点調査分野の予測と実務への影響
① 消費税の不正還付対策
令和8年度予算では、消費税の不正還付対策に係る専担チームの増強が明記されています。輸出取引を行う事業者や、多額の設備投資により還付申告を行う事業者は、従来以上に詳細な調査を受ける可能性があります。
実務では、還付申告を行う場合に「還付申告書に関する明細書」の添付が求められますが、これに加えて取引の実在性を証明する資料(契約書、物流記録、代金決済記録など)を整備しておくことが不可欠です。特に、新規に輸出事業を開始した中小企業や、事業再構築補助金等を活用して大規模設備投資を行った企業は、還付申告後に調査を受ける確率が高いと見て間違いありません。
② 暗号資産・デジタル資産関連取引
暗号資産に関する税務調査の強化は令和7年度から本格化していましたが、令和8年度はさらに情報収集と分析の体制が拡充されます。国税庁は国内外の暗号資産交換業者から取引データを収集する権限を積極的に行使しており、法人が保有する暗号資産の期末時価評価の適正性や、暗号資産を利用した役員への利益供与の有無などが調査のターゲットとなります。
中小企業のオーナー経営者で暗号資産を個人で保有している場合、法人との取引がないかどうかも含めてチェックされる可能性があります。法人と個人の暗号資産取引の混同は、重加算税の対象となりかねない重大なリスクです。
③ 海外取引・国際課税
CRS(共通報告基準)による各国間の金融口座情報の自動交換は年々充実しており、海外に預金口座や投資口座を持つ中小企業オーナーの情報は、国税庁に自動的に集約されています。令和8年度予算では、この情報を活用した富裕層・中小企業オーナーに対する調査の強化が盛り込まれています。
特に注意すべきは、海外子会社・関連会社との取引価格(移転価格)です。従来、移転価格税制は大企業向けの論点と思われがちでしたが、近年は年間取引金額が数千万円規模の中小企業にも調査が及ぶケースが増えています。海外のフリーランスへの業務委託費や、海外ECサイトを通じた販売手数料なども、移転価格の観点から検討される可能性があります。
④ 電子帳簿保存法への対応状況の確認
令和6年1月から義務化された電子取引データの電子保存について、令和8年度は実態として適切に保存がなされているかの検証が調査時の重点項目として加わることが予想されます。国税庁は令和7年度まではある程度の「猶予的な運用」を行ってきましたが、義務化から2年以上が経過した令和8年度以降は、厳格な対応に移行すると考えられます。
具体的には、メールで受領した請求書PDFや、ECサイトからダウンロードした領収書データが、検索要件(取引年月日・取引先名・取引金額)を満たした形で保存されているかがチェックされます。保存要件を満たしていない場合、当該電子データの証拠力が低下し、青色申告の承認取消しのリスクや、経費の実在性・正確性の立証が困難になるリスクがあります。直ちに損金算入が否認されるとは限りませんが、税務調査において不利な状況に置かれる可能性が高まるため、適切な保存体制の整備が不可欠です。
| 重点調査分野 | 対象となりやすい企業像 | 主なリスク |
| 消費税不正還付 | 輸出業者、大規模設備投資企業 | 還付金の返還+重加算税 |
| 暗号資産取引 | 暗号資産保有法人、オーナー経営者 | 期末時価評価の否認、所得隠し認定 |
| 国際課税 | 海外取引のある中小企業 | 移転価格課税、PE認定課税 |
| 電子帳簿保存法 | 電子取引が多い企業全般 | 保存不備による証拠力低下、青色承認取消リスク |
| インボイス制度 | 課税事業者全般 | 仕入税額控除の否認 |
中小企業が今すぐ取り組むべき5つの対策
対策1:自社の財務データを「調査官の目」でセルフチェックする
AIによる異常値検知が本格化する以上、自社の決算数値が同業他社と比較してどのような位置にあるのかを把握しておくことが極めて重要です。具体的には以下の指標を定期的にモニタリングしてください。
- 売上総利益率:業界平均と比較して極端に低い場合、売上の計上漏れや架空仕入れを疑われる可能性があります
- 交際費比率:売上高に対して交際費が突出して多い場合、私的費用の混入を疑われます
- 人件費比率:実態と乖離した役員報酬の設定は、過大役員報酬として否認リスクがあります
- 消費税の仕入税額控除割合:課税売上割合と仕入税額控除の関係に不整合がないか確認が必要です
TKCや国税庁の「統計年報」などで同業他社のデータを参照し、自社の数値に異常がある場合はその理由を文書化しておきましょう。「なぜこの数値になっているのか」を説明できる状態にしておくことが、最大の防御策です。
対策2:インボイスの受領・保存体制を総点検する
令和8年度からクロスチェックが本格化することを踏まえ、受領したインボイスの記載事項が適格請求書の要件を満たしているかを改めて確認してください。特にチェックすべきポイントは以下の通りです。
- 適格請求書発行事業者の登録番号が正しく記載されているか(国税庁の公表サイトで照合可能)
- 税率ごとの対価の額の合計と消費税額が正しく記載されているか
- 適格簡易請求書が認められる業種以外で簡易インボイスを受領していないか
- 令和8年10月1日をもって80%控除の経過措置期間が終了し、50%控除に移行することに正しく対応しているか(免税事業者からの仕入れに係る控除割合の変更)
なお、免税事業者からの仕入れについて経過措置を適用する場合、帳簿への「経過措置の適用を受ける旨」の記載が要件です。この記載を失念しているケースが非常に多いため、必ず確認してください。
対策3:電子帳簿保存法の保存要件を再確認する
電子取引データの保存について、以下の3つの保存要件を満たしているか確認してください。
- 真実性の確保:タイムスタンプの付与、または訂正・削除の履歴が残るシステムの利用
- 可視性の確保:ディスプレイやプリンタで速やかに出力できること
- 検索機能の確保:取引年月日・取引先名・取引金額の3要件で検索できること(売上高5,000万円以下の事業者はダウンロードの求めに応じられれば可)
実務上、最も問題になりやすいのはメールの添付ファイルとして受領した請求書の保存です。メールボックスに入ったまま放置されているケースが多いため、月次でPDFファイルを所定のフォルダに整理し、ファイル名に取引年月日・取引先名・金額を付すといった運用ルールを確立することが現実的な対策となります。
対策4:海外取引の文書化を進める
海外取引のある中小企業は、以下の文書を整備しておくことを強くお勧めします。
- 移転価格文書(ローカルファイル):一の国外関連者との取引金額が年間50億円超の場合に同時文書化義務がありますが、この基準に該当しない場合でも任意で作成しておくことが推奨されます。調査時に独立企業間価格の算定根拠を適切に示せなければ、税務当局による推定課税のリスクが高まります
- 外国送金記録と契約書:海外への支払いについて、源泉徴収の要否判断の根拠を含めて整理しておきましょう
- 海外口座の申告:国外財産調書の提出要件(12月31日時点で5,000万円超の国外財産を保有)に該当しないか毎年確認してください。提出義務を怠った場合のペナルティは年々厳格化されています
対策5:顧問税理士との定期的なリスクコミュニケーション
最も重要かつ見落とされがちな対策が、顧問税理士との積極的なコミュニケーションです。決算・申告の時だけではなく、以下のタイミングで税理士に相談することで、税務リスクを大幅に低減できます。
- 新規事業・新規取引先との契約開始時
- 設備投資の計画段階(消費税の還付スキームの適正性確認)
- 役員報酬の改定時(過大報酬の指摘リスクの事前評価)
- 海外取引の開始・変更時
- 経理担当者の交代時(引継ぎ不備による保存漏れの防止)
令和8年度の調査体制強化により、過去の申告に遡って指摘を受けるリスクも高まっています。法人税の更正の期間制限は原則5年(偽りその他不正の行為がある場合は7年)です。令和8年度に調査を受けた場合、令和3年度以降の申告が対象となります。過去の処理に不安がある場合は、自主的な修正申告を検討することで、過少申告加算税の軽減(5%)が適用される可能性があります。調査通知後の修正申告では軽減が受けられなくなるため、早期の対応が肝要です。
税務調査の「質」の変化にも注目を
調査官のスキル高度化とリモート調査の拡大
令和8年度予算では、調査官の研修・教育予算も増額されています。特にデジタルフォレンジック(電子データの証拠保全・分析技術)に関する研修が充実化されており、調査官がパソコンやクラウドシステム内のデータを直接閲覧・分析する能力が向上しています。
また、コロナ禍以降に定着したリモート調査(オンライン調査)も引き続き活用される見通しです。リモート調査は納税者にとって負担が軽減される面がある一方で、調査官がデータベースを事前に十分分析した上で臨むため、準備不足で臨むと想定外の質問に対応できないリスクがあります。リモート調査であっても、事前に想定問答を準備し、必要な資料をすぐに提示できる体制を整えておくべきです。
「是認割合」低下の傾向
近年の税務調査では、是認(申告に誤りがないと認められる)割合が低下傾向にあります。これはAIによる調査対象の選定精度が向上した結果、「調査に入ればほぼ何かしらの指摘がある」という状況になりつつあることを示唆しています。直近の公表データによると、法人税の実地調査における非違割合は概ね7割を超える水準で推移しており、調査を受けた法人の大半が何らかの指摘を受けている状況です。
この数字は中小企業にとって決して他人事ではありません。調査対象として選定された時点で、すでにAIが「何らかの異常値」を検知している可能性が高く、「うちは大丈夫」という楽観は危険です。
道濟会計事務所からのメッセージ
令和8年度の国税庁予算を読み解くと、税務調査の方向性は明確です。「人からデータへ」「経験からAIへ」「大企業から中小企業へ」——この3つのシフトが同時に進行しています。
中小企業にとって税務調査は、経営の根幹を揺るがしかねない重大イベントです。追徴税額だけでなく、調査対応に費やす時間・精神的負担も含めれば、そのコストは計り知れません。しかし、適切な事前準備と日常的な税務管理を行っていれば、調査を恐れる必要はありません。
当事務所では、以下のサービスを通じて中小企業の税務調査リスクの低減をサポートしております。
- 税務調査シミュレーション:過去の申告内容を調査官の視点でレビューし、リスクポイントを事前に洗い出します
- インボイス・電子帳簿保存法の運用診断:現在の社内体制が法令要件を満たしているか確認し、改善提案を行います
- 国際税務コンサルティング:海外取引に係る移転価格文書の作成支援、源泉徴収の適正性チェックを行います
- 税務調査立会い:実際の調査時に税理士が同席し、適切な対応をサポートします
税務調査への備えは、「調査が来てから」では遅すぎます。令和8年度の調査体制強化を踏まえ、今この時点から準備を始めることが、最も効果的かつ経済的な対策です。少しでも不安のある方は、ぜひお早めにご相談ください。日々の適切な税務管理が、経営者の皆さまの安心と事業の発展を支える最大の武器となります。