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給与デジタル払い 2026年実務|中小企業の労使協定と導入5ステップ
2026.05.26
この記事の要点3点
- 給与デジタル払いは2023年4月1日施行。2026年5月時点で厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者はPayPay・リクルートMUFGビジネス(COIN+)・楽天Edy・auペイメントの4社で、中小企業からの導入希望が増えている。
- 導入には労使協定の締結(必須記載4項目)と、希望する従業員個別からの同意書取得が必須。労働者に銀行口座か証券総合口座を選択肢として併せて提示する義務もある。
- 給与デジタル払いは「源泉徴収」「社会保険料控除」「住民税特別徴収」の手続きを変えない。給与計算ソフト側の振込先設定と給与規程の改定を、2026年中に整備しておくことが現実的な対応。
目次
給与のデジタル払い(資金移動業者の口座への賃金支払)は、労働基準法施行規則の改正によって2023年4月1日から制度化された比較的新しい賃金支払方法です。厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者が2024年8月以降に出揃い、2026年5月時点で4社が利用可能となりました。中小企業のなかには、副業人材やZ世代の採用競争力を高める目的で導入を検討する事業者が増えています。本記事では厚労省の使用者向けページと労使協定の様式例をもとに、中小企業が押さえるべき2026年の実務対応を、税理士の視点で整理します。
給与デジタル払い 2026年の制度概要と指定業者4社
労働基準法施行規則の改正で2023年4月から解禁
労働基準法第24条は、賃金の支払いについて「通貨で、直接労働者にその全額を支払わなければならない」と定めています。例外として労働基準法施行規則第7条の2で、銀行口座等への振込が認められてきましたが、2022年11月28日公布の改正施行規則によって、新たに「厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座」が支払先として追加されました。施行日は2023年4月1日です。
厚労省指定済の資金移動業者4社(2026年5月時点)
| 資金移動業者 | サービス名 | 指定日 | 受入上限額 |
|---|---|---|---|
| PayPay株式会社 | PayPay | 令和6年8月9日 | 20万円 |
| 株式会社リクルートMUFGビジネス | COIN+ | 令和6年12月13日 | 30万円 |
| 楽天Edy株式会社 | 楽天ペイ | 令和7年3月19日 | 10万円 |
| auペイメント株式会社 | au PAY | 令和7年4月4日 | 10万円 |
「受入上限額」は資金移動業者ごとに異なります。これは資金決済法上の第二種資金移動業として認められる口座残高の上限が100万円であることに加え、給与受取専用口座の安全性要件として厚労省が業者と協議のうえ設定したラインです。上限を超える賃金額については、超過分が事前に指定された代替口座(銀行口座等)へ自動的に出金される仕組みを業者側で備える義務があります。月例給与が30万円を超える従業員の場合、受入上限額を上回る部分が自動的に銀行口座へ流れるため、結果的に「一部はデジタル、超過分は銀行」という二本立て運用に自動収束する点も把握しておく必要があります。
大手3メガバンクが資金移動業者の指定を取得していない点も、現時点での制度の特徴です。指定済の4社はいずれもキャッシュレス決済アプリ運営会社で、銀行系の参入は2026年5月時点では確認されていません。労働者からすれば、給与受取口座を新たに開設するハードルは依然として存在しており、ここが制度の普及速度を抑制している側面もあります。
指定資金移動業者の安全要件
厚労省は、指定にあたって資金移動業者に以下のような要件を課しています。倒産時に労働者の賃金が保護されない事態を防ぐためです。
- ☑ 破綻時に賃金相当額を労働者に速やかに弁済する保証機関との契約
- ☑ 不正出金時の100%補償(過失の度合いに応じた減額あり)
- ☑ 口座残高がゼロにならない仕組み(少なくとも1円以上を維持)
- ☑ ATMでの現金受け取りが少なくとも月1回は手数料無料で可能
- ☑ 賃金は1円単位で支払い、1円単位で出金可能であること
中小企業の実務影響|労使協定・同意・税務処理
影響①|労使協定の締結(必須記載4項目)
給与デジタル払いを導入するには、過半数労働組合または労働者の過半数代表者と、書面による労使協定を締結する必要があります。労使協定には次の4項目を必ず記載します。
労使協定 必須記載4項目(厚労省様式例)
- ① 対象となる労働者の範囲
- ② 対象となる賃金の範囲とその金額
- ③ 取扱指定資金移動業者の範囲
- ④ 実施開始時期
「対象となる労働者の範囲」は、全従業員でも一部の役職・雇用形態に限定することも可能です。「対象となる賃金の範囲とその金額」では、月例給与・賞与・退職金のうちどれを対象とするか、上限金額をいくらにするかを明示します。指定資金移動業者の上限額は20万円や30万円ですが、企業側でさらに低い金額(例:賃金のうち10万円までをデジタル払いとする)を上限として設定することも認められています。
影響②|従業員の個別同意は不可欠
労使協定の締結だけでは、個別の労働者の給与をデジタル払いに切り替えることはできません。希望する従業員から、別途同意書を取得する必要があります。同意書には以下の情報を記載します。
- ☑ デジタル払いで受け取る賃金額(全額/一部)
- ☑ 利用する資金移動業者口座の口座番号
- ☑ 上限超過時の振込先となる代替口座(銀行口座)の情報
- ☑ 留意事項(口座残高上限、保証機関、不正出金時の補償、ATM出金条件等)の説明を受けたことの確認
重要|銀行口座・証券総合口座の選択肢を必ず提示
使用者は、労働者に対して、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示しなければなりません。デジタル払い「のみ」を選択肢とすることは違法です。希望しない労働者にデジタル払いを強制することも禁止されています。
使用者は、労働者に対して、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示しなければなりません。デジタル払い「のみ」を選択肢とすることは違法です。希望しない労働者にデジタル払いを強制することも禁止されています。
影響③|税務処理・社会保険料控除に変更はない
給与デジタル払いを採用しても、源泉所得税・住民税特別徴収・社会保険料の控除手続きはこれまでと変わりません。給与計算自体は通常通り行い、控除後の手取り額の支払い先として「銀行口座」「証券総合口座」「指定資金移動業者口座」のいずれかが選ばれるという構造です。年末調整、給与支払報告書、法定調書の作成と提出も従来通りです。
給与計算ソフト側の対応は、「振込先銀行コード」のかわりに資金移動業者の識別情報を保持できるかが論点となります。クラウド型給与計算ソフトの主要製品(freee人事労務、マネーフォワード クラウド給与、SmartHR連携の各種給与計算ソフト等)は順次対応を進めており、2026年中盤の時点で大半の製品でデジタル払い対応の機能が組み込まれてきました。一方で、オンプレミス型の旧バージョン給与計算ソフトを使い続けている事業者では、ベンダーへのアップデート確認や送金フォーマット仕様の照合が、導入前の必須作業として残ります。
労働者側の所得税申告(確定申告)でも特段の変更はありません。源泉徴収票には支払者・支払額・源泉徴収税額が記載され、これまでと同じ枠組みで申告手続きを行います。住宅ローン控除や医療費控除を受ける従業員にとっても、給与受取方法の変更が手続きを複雑化させる要因にはなりません。むしろ給与デジタル払いは「現行の給与計算実務の上に振込先口座種別が一つ追加されるだけ」と捉えるのが、税務的にも社会保険的にも実態に即した理解です。
当事務所の見解|導入する/しない の判断基準
見解①|「採用競争力」と「給与計算の複雑化」のトレードオフ
当事務所が中小企業オーナーから「給与デジタル払いを導入すべきか」と聞かれた場合、まず確認するのは採用ターゲット層と給与計算体制です。Z世代や副業人材を主要なターゲットとする飲食業・小売業・IT受託では、求人票に「給与デジタル払い対応」と書けることが差別化要素になります。一方で、給与計算は「銀行振込のみ」のシンプルな構造のほうがミスが起きにくく、振込先が混在することによる事故リスクは現場でゼロにできません。導入の意思決定は、採用市場での競争力向上というアップサイドと、給与計算オペレーションが複雑化するダウンサイドのバランス次第になります。
見解②|「全額デジタル払い」を選ぶ従業員は実は少ない
同意書では「賃金のうちいくらをデジタル払いにするか」を労働者が選択できます。先行導入企業の事例を見ると、給与全額をデジタル払いに切り替える従業員は1〜2割程度にとどまり、多くは「毎月の生活費分(5万〜10万円)だけデジタル払い、残りは従来の銀行口座」という二本立ての設定を選びます。住宅ローン引き落としや公共料金の銀行引き落としを継続したい労働者にとって、それが現実的な選択だからです。中小企業側はこの実態を踏まえ、給与計算ソフトの振込先二重設定が運用可能かを事前に検証する必要があります。
見解③|2026年下期から導入する企業が現実的なボリュームゾーン
2023年4月の解禁から指定業者の出揃いまでは、約1年半のタイムラグがありました。2025年〜2026年は給与計算ソフトのアップデートが進んだ時期にあたり、実務的に運用可能な環境がやっと整った段階です。「先行導入のメリット」より「制度の安定運用が見えてからの後発導入」を選ぶ中小企業のほうが、現実的な労力対効果は高いと当事務所では考えています。2026年下期から2027年にかけて、本格的に検討する企業が増える局面と見ています。
見解④|給与規程・就業規則の改定漏れは労基法違反リスクに直結
意外と見落とされやすいのが、就業規則や給与規程の改定です。賃金の支払方法は労働基準法第89条の「絶対的必要記載事項」にあたり、「銀行振込のみ」と限定的に書かれている現行規程のまま新たな支払方法を追加すると、規程と運用の食い違いが労基署調査で指摘される可能性があります。労使協定の締結と並行して、就業規則・給与規程の改定、過半数代表からの意見聴取、労基署への変更届出までを一体のプロセスとして設計してください。中小企業庁が公表している就業規則のモデル条文例も、賃金支払方法の選択肢として資金移動業者口座を追記する形に改めて確認しておくと安心です。
見解⑤|採用面接での説明資料に組み込むなら一歩踏み込んだ準備が必要
給与デジタル払いを「採用ツール」として活用するなら、求人票や採用面接の説明資料に、対象業者・上限額・代替口座・撤回手続きの4点をワンセットで明示することをお勧めします。労働者目線では「PayPayで給与が受け取れる」という一行よりも、上限と代替口座の仕組みを丁寧に示したほうが安心感が高まり、結果的に応募率に効きます。当事務所では採用ターゲットが20〜30代中心の中小企業向けに、求人票テンプレートと面接用Q&Aの整備を支援しています。
今すぐやるべきこと|5ステップ・チェックリスト
- ステップ1:採用・人事戦略と照らして導入の必要性を判断する
給与デジタル払いは「導入しなければならない制度」ではなく「導入してもよい制度」です。採用ターゲットの希望、競合他社の動向、給与計算オペレーションの余力を踏まえて、まず導入是非を経営判断します。導入しない選択も合理的です。 - ステップ2:指定資金移動業者を1〜2社に絞り込む
4社のうち、自社の採用ターゲットがよく利用しているサービスを軸に1〜2社を選びます。複数社を労使協定に明記することも可能ですが、給与計算ソフトの設定や問い合わせ対応の負荷を考えると、初期は1社に絞るのが現実的です。 - ステップ3:労使協定を締結する
過半数労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者(民主的手続きで選出)と書面協定を結びます。必須記載4項目を盛り込み、就業規則・給与規程との整合性も確認します。協定書は3年間の労基署備え付け義務はありませんが、社内で確実に保管します。 - ステップ4:従業員向け説明会と同意書取得
制度の概要、対象賃金、上限額、代替口座、保証機関、不正出金時の補償、ATM出金条件を、書面または社内ポータルで周知します。希望者にのみ同意書を提出してもらい、銀行口座や証券総合口座の選択肢を必ず併せて提示します。 - ステップ5:給与計算ソフトと給与規程を改定する
給与計算ソフトの振込先設定にデジタル払い口座を追加し、テスト送金を行います。給与規程の「賃金の支払方法」項目に、指定資金移動業者口座を支払先として加える改定を行い、就業規則変更の手続き(労働者代表からの意見聴取と労基署届出)を完了します。
よくある質問(FAQ)
- Q. 給与デジタル払いを希望する従業員にだけ対応してよいですか?
- A. はい、希望者のみで運用するのが原則です。労使協定で「対象となる労働者の範囲」を定義し、そのなかから希望者だけが個別同意書を提出します。希望しない労働者にデジタル払いを強制することは違法であり、これまでどおりの銀行口座振込を継続できる選択肢を必ず併せて提示しなければなりません。
- Q. 賃金の一部だけをデジタル払いにすることはできますか?
- A. 可能です。同意書で「賃金のうちいくらをデジタル払いにし、残額は銀行口座へ」という設定が選べます。先行導入企業の事例を見ても、生活費相当分(5〜10万円)のみデジタル払い、残りは銀行口座という二本立ての選択が多数派です。指定資金移動業者の受入上限額(PayPayは20万円、COIN+は30万円など)を超える賃金額は、超過分が自動的に代替口座へ出金されます。
- Q. 源泉所得税や社会保険料の控除はどう扱いますか?
- A. これまでと変わりません。源泉所得税、住民税特別徴収、社会保険料、雇用保険料、組合費等の控除を行ったあとの手取り額の支払い先として、デジタル払い口座が指定されるだけです。年末調整・給与支払報告書・法定調書の作成と提出も従来どおりで、税務的にも社会保険的にも追加の手続きは発生しません。
- Q. 賞与・退職金もデジタル払いできますか?
- A. 制度上は可能ですが、指定資金移動業者の受入上限額(10万〜30万円)を超える金額は超過分が自動で代替口座へ出金される仕組みです。月例給与の一部であれば現実的ですが、賞与・退職金のような大きな金額は実質的に銀行口座への振込と同じ動きになります。労使協定で「対象となる賃金の範囲」に賞与・退職金を含めるか除外するかは、社内方針として明示しておきます。
- Q. 指定資金移動業者が破綻したら賃金は保護されますか?
- A. 厚労省指定の要件として、各業者は保証機関と契約を結ぶ義務を負っています。破綻時には、保証機関が労働者に対して賃金相当額を6営業日以内に弁済する仕組みです。銀行預金のように預金保険機構(ペイオフ1,000万円まで)で保護されるのとは別枠ですが、給与受取専用の安全装置として機能します。指定要件には不正出金時の100%補償も含まれており、銀行口座と比較して大きく見劣りする項目はありません。
- Q. 導入後に「やっぱりやめたい」と従業員が言ってきた場合どうしますか?
- A. 同意は撤回可能です。同意書には「労働者が希望しなくなった場合は、これまでどおり銀行口座等で賃金を受け取ることができる」旨を明記しておく必要があります。撤回の申出があれば、次回の給与計算サイクルから速やかに銀行口座振込に戻します。給与計算ソフトの振込先設定変更を社内手続きとして整備しておくことで、混乱なく対応できます。
参考資料・出典
- 資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について(厚生労働省)
- 使用者の方向け 賃金のデジタル払いについて(厚生労働省)
- 労働者の方向け 賃金のデジタル払いについて(厚生労働省)
- 労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)
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本記事は道濟会計事務所が監修しました。