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中小企業の賃上げ促進税制2026|最大45%控除と5年繰越の実務
この記事の要点3点
- 中小企業向け賃上げ促進税制は、前年度より給与等を増やした中小企業者等が、増加額の最大45%を法人税額(個人事業主は所得税額)から控除できる制度です。令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度に適用されます。
- 令和6年度改正で、控除しきれなかった金額を5年間繰り越せる制度が新設されました。赤字などで当期に税額が出ない中小企業でも、将来黒字化したときに使える点が大きな改善です。
- 必須要件は給与総額1.5%増で15%控除。教育訓練費やくるみん・えるぼし認定などの上乗せで最大45%まで拡大します。ただし控除上限は法人税額の20%で、適用には申告書への明細添付が必要です。
物価高と人手不足が続くなか、従業員の賃上げに踏み切る中小企業が増えています。その賃上げの一部を法人税の負担軽減という形で後押しするのが「賃上げ促進税制」です。とくに令和6年度改正では、これまで赤字企業が使いづらかった弱点を補う5年間の繰越控除が新設され、適用のハードルが大きく下がりました。本記事では、中小企業向け制度の控除率の仕組みから、繰越控除の使い方、申告実務の注意点までを税理士の視点で具体的に解説します。
1. 制度・改正の概要
賃上げ促進税制は、青色申告書を提出する中小企業者等が、当期の雇用者給与等支給額を前年度より一定割合以上増やした場合に、その増加額の一定割合を法人税額(個人事業主は所得税額)から差し引ける制度です。給与の増加そのものに対する補助金ではなく、納める税金を直接減らす「税額控除」である点が特徴です。中小企業向けの制度は、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度に適用されます。
この制度の背景には、賃金の伸び悩みが続いた日本で、企業の賃上げを政策的に後押しするねらいがあります。最低賃金の引上げや物価高への対応として従業員の処遇改善が求められるなか、賃上げに踏み切る企業の税負担を軽くすることで、賃上げの原資を確保しやすくする狙いです。補助金のように申請して採択を待つ必要はなく、要件を満たして申告すれば適用できる「使いやすさ」も特徴といえます。一方で、あくまで法人税・所得税の納税額があってはじめて恩恵が出る点には注意が必要です。
控除率の仕組み
控除率は「必須要件」と「上乗せ要件」の積み上げで決まります。中小企業向けの場合、次のとおり最大45%まで拡大します。
| 区分 | 要件 | 控除率 |
|---|---|---|
| 必須要件 | 雇用者給与等支給額が前年度比1.5%以上増加 | 15% |
| 上乗せ(賃上げ) | 前年度比2.5%以上増加 | +15% |
| 上乗せ(教育訓練) | 教育訓練費が前年度比5%以上増、かつ給与等支給額の0.05%以上 | +10% |
| 上乗せ(両立支援) | くるみん・プラチナくるみん・えるぼし(2段階目以上)等の認定 | +5% |
| 最大 | すべての要件を満たす場合 | 45% |
控除額の計算は「控除対象雇用者給与等支給増加額(=当期の給与総額-前年度の給与総額)×控除率」で求めます。たとえば給与総額の増加額が200万円で控除率が30%なら、60万円が法人税額から控除されます。ただし、控除できる上限は調整前法人税額の20%までと定められており、これを超える部分は当期には使えません。
企業規模で異なる制度設計
賃上げ促進税制は、企業規模に応じて「大企業(全企業)向け」「中堅企業向け」「中小企業向け」の3区分が用意されており、中小企業向けが最も手厚い設計になっています。最大控除率はいずれも45%ですが、必須要件の賃上げ率や繰越控除の有無に違いがあります。とくに未控除額の5年繰越が認められているのは中小企業向けのみで、ここが中小企業にとっての大きなメリットです。
| 区分 | 必須要件の賃上げ率 | 繰越控除 |
|---|---|---|
| 中小企業向け | 給与総額1.5%以上増 | あり(5年) |
| 中堅企業向け | 継続雇用者給与3%以上増 | なし |
| 大企業(全企業)向け | 継続雇用者給与3%以上増 | なし |
中小企業向けは「全従業員の給与総額」で1.5%以上という比較的緩やかな要件で適用できるのに対し、中堅・大企業向けは「継続雇用者(前期・当期を通じて在籍する従業員)の給与」で3%以上という、より厳しい基準が課されます。自社がどの区分に当たるかで取るべき戦略が変わります。
令和6年度改正の目玉:5年間の繰越控除
従来の賃上げ促進税制は、その年に法人税額が出ていなければ控除を受けられず、赤字の中小企業や創業期の企業にとっては「賃上げしても恩恵がない」制度でした。令和6年度改正では、この弱点を補うため、当期に控除しきれなかった金額を翌年度以後5年間にわたって繰り越せる制度が中小企業向けに新設されました。
ポイント:繰越控除は、未控除額が生じた事業年度から5年間が対象です。繰り越した控除を実際に使う年度については、その年度の雇用者給与等支給額が前年度を上回っていること(賃上げを継続していること)が要件とされています。一度賃上げして終わりではなく、賃上げ基調を維持する企業を後押しする設計です。
たとえば、賃上げを実施した年度は赤字で法人税額が出ず、控除額をまったく使えなかったとします。この控除額は捨てるのではなく繰り越され、2年後・3年後に黒字化して法人税額が発生したときに、その年度も賃上げを継続していれば控除を取り戻せます。創業期や業績の波が大きい中小企業にとって、賃上げの努力が「無駄にならない」設計になった意義は大きいと言えます。ただし繰越を使える年度にも賃上げ継続などの条件があるため、繰越額があるからといって自動的に控除されるわけではない点には留意してください。
具体例で見る控除額の計算
仕組みを数字で確認してみましょう。次のモデルケースで控除額を計算します。
モデルケース:前年度の給与総額5,000万円、当期の給与総額5,200万円(4%増)。教育訓練費は前年度比6%増で給与総額の0.1%。くるみん認定あり。当期の調整前法人税額300万円。
このケースでは、給与増加額は5,200万円-5,000万円=200万円です。控除率は、必須1.5%超で15%、2.5%超で+15%、教育訓練費の要件充足で+10%、くるみん認定で+5%の合計45%となります。したがって控除額は200万円×45%=90万円です。一方、控除上限は調整前法人税額300万円×20%=60万円のため、当期に使えるのは60万円まで。残りの30万円は繰越控除の対象として翌年度以後5年間に持ち越せます。賃上げに加えて教育投資や両立支援の認定を重ねることで、控除率が大きく変わることが分かります。
2. 中小企業への実務影響
この制度は、賃上げの意思決定そのものに直接影響する税制です。決算・申告の場面だけでなく、期中の人件費や教育投資の計画にも関わるため、経営者と経理担当が早い段階で要件を意識しておくことが重要です。
「中小企業者等」に該当するかの確認
中小企業向けの制度を使えるのは、原則として資本金1億円以下の法人など、税法上の中小企業者等に該当する場合です。資本金が大きい法人の子会社など、大規模法人に支配されている場合は対象外となることがあります。まずは自社が中小企業向けの区分に当てはまるかを確認することが出発点です。
給与「総額」での比較が基本
賃上げの判定は、特定の従業員の昇給額ではなく、雇用者全体に支払った給与等の総額を前年度と比較して行います。そのため、ベースアップだけでなく、従業員数の増加や賞与の増額も総額を押し上げる要素になります。逆に、退職者が多く出て総額が減ると、個々人を昇給させていても要件を満たさないことがあります。期末が近づいたら、給与総額の前年度比を試算しておくと、賞与の支給判断などに役立ちます。
教育訓練費の上乗せは記録がカギ
教育訓練費の上乗せ(+10%)は、外部研修の受講料や講師謝金、教材費などが対象になります。要件は前年度比5%以上の増加かつ給与総額の0.05%以上で、決して高いハードルではありません。ただし、適用には教育訓練の内容・実施時期・支払額などを記録した明細を保存しておく必要があります。研修の領収書をまとめておくだけで上乗せを取り逃さずに済むケースは少なくありません。
期末を待たずに試算するメリット
賃上げ促進税制は決算で確定する制度ですが、対応を決算期だけに任せると上乗せ要件を取り逃しがちです。たとえば教育訓練費は、期末間際に「あと少し増やせば5%増の要件を満たせた」と後から気づくケースがあります。期の後半に給与総額や教育訓練費の進捗を一度試算しておけば、決算賞与や研修の追加実施といった判断を、要件充足を見据えて行えます。賃上げ促進税制は「期中のマネジメント」と組み合わせてこそ効果を最大化できる制度だと言えます。顧問税理士と期中に一度シミュレーションをしておくことを強くおすすめします。
注意:賃上げ促進税制は「税額控除」であり、当期に十分な法人税額がなければ(赤字なら)当期の控除はありません。繰越控除が新設されたとはいえ、繰越分を使える年度にも賃上げ継続などの要件があります。賃上げの原資を税制だけに頼って計画すると資金繰りを誤るおそれがあるため、控除はあくまで「結果として戻ってくるもの」と位置づけて計画することが大切です。
個人事業主も対象になる
賃上げ促進税制は法人だけの制度ではありません。従業員を雇用する青色申告の個人事業主も、所得税について同様に適用を受けられます。控除は所得税額から行い、考え方は法人と同じく給与総額の前年度比で判定します。家族以外の従業員を雇って賃上げをしている個人事業の方は、確定申告の際に適用を検討する価値があります。なお、生計を一にする親族へ支払う給与(青色事業専従者給与など)は給与等支給額の集計上の取扱いに注意が必要です。
3. 当事務所の見解・実務上の注意点
賃上げ促進税制は要件が複数あり、計算も独特です。当事務所が顧問先で実際に重視している、見落とされやすいポイントを3点挙げます。
(1) 繰越控除は「明細の連続添付」が生命線
繰越控除を将来使うには、未控除額が生じた事業年度以後の各事業年度の確定申告書に、繰越税額控除限度超過額の明細書を連続して添付し続ける必要があります。途中の年度で明細の添付を忘れると、繰越が途切れてしまうおそれがあります。「今期は赤字だから関係ない」と油断せず、賃上げをした年度から毎期欠かさず明細を付けることが、数年後に控除を活かす鍵になります。
(2) 補助金・助成金とのダブルカウントに注意
給与の一部を雇用関係の助成金で賄っている場合、その助成金額は給与等支給額の計算上控除して判定する必要があります。助成金を受け取りながら、その分も含めて賃上げ額を計算してしまうと、控除額を過大に計算するミスにつながります。雇用調整助成金やキャリアアップ助成金などを利用している企業はとくに注意が必要です。給与総額の増加が、実態としての賃上げによるものか、それとも助成金で底上げされた見かけ上の増加なのかを切り分けて集計することが、正確な控除額の算定につながります。集計の根拠資料は、後日の税務調査に備えて整理・保存しておきましょう。
(3) 令和8年度税制改正大綱の動向に注意
令和7年12月19日に公表された令和8年度税制改正大綱では、賃上げ促進税制の見直しが盛り込まれています。報道等によれば、教育訓練費の上乗せ措置の縮小により、中小企業向けの最大控除率が引き下げられる方向とされています。ただしこれは大綱段階の方針であり、本記事執筆時点で改正法は成立していません。今後の国会審議で内容が変わる可能性があるため、確定情報は所管省庁・国税庁の公表を必ず確認してください。当事務所でも最新動向を注視しています。
(4) 「適用額明細書」の添付漏れに注意
賃上げ促進税制のような租税特別措置による税額控除を受ける場合、確定申告書に「適用額明細書」を添付して提出することが原則として必要です。これは制度ごとの適用状況を国が把握するための書類で、添付がないと税額控除そのものが認められないおそれがあります。別表の作成に気を取られて適用額明細書を付け忘れる、というミスは実務で起こりがちです。決算・申告のチェックリストに必ず加えておきましょう。
4. 今すぐやるべきこと
賃上げ促進税制を取りこぼさず活用するために、決算前に取り組むべきステップを整理します。
- ステップ1:中小企業者等に該当するか確認する
資本金や株主構成を確認し、中小企業向けの区分に当てはまるかをチェックします。判断に迷う場合は税理士に確認します。 - ステップ2:給与総額の前年度比を試算する
当期の雇用者給与等支給額が前年度比でどれだけ増えているかを試算し、1.5%・2.5%のラインを超えているかを確認します。期末前なら賞与の支給判断にも反映できます。 - ステップ3:上乗せ要件の充足を点検する
教育訓練費の前年度比、くるみん・えるぼし等の認定の有無を確認し、上乗せ控除を取れる余地がないかを点検します。研修費の領収書・明細を整理します。 - ステップ4:控除額と上限を計算する
増加額×控除率で控除見込額を算出し、調整前法人税額の20%の上限と比較します。上限超過で使い切れない分は繰越控除の対象になります。 - ステップ5:申告書に明細を添付する
適用を受ける事業年度の確定申告書に所定の別表・明細を添付します。繰越が生じる場合は、翌期以後も毎期、繰越明細の連続添付を忘れないよう管理します。
5. よくある質問
- Q. 赤字の中小企業でも賃上げ促進税制を使えますか?
- A. 当期が赤字で法人税額が出ない場合、当期に控除はできません。ただし令和6年度改正で新設された繰越控除により、要件を満たして生じた控除額を5年間繰り越し、将来黒字化した年度に使える可能性があります。繰越のためには毎期の明細添付が必要です。
- Q. 控除率はどうやって最大45%になりますか?
- A. 給与総額1.5%増で15%、さらに2.5%増で+15%、教育訓練費の増加で+10%、くるみん・えるぼし等の認定で+5%が上乗せされ、すべて満たすと45%になります。中小企業向けの最大値です。
- Q. 控除できる金額に上限はありますか?
- A. はい。控除できるのは調整前法人税額の20%までです。計算した控除額がこの上限を超える場合、超過分は当期には控除できませんが、中小企業は5年間の繰越控除の対象とすることができます。
- Q. 賃上げの判定は一人ひとりの昇給で見るのですか?
- A. いいえ。雇用者全体に支払った給与等の総額を前年度と比較して判定します。個々の昇給だけでなく、賞与の増額や従業員数の増減も総額に影響します。
- Q. 適用にあたって特別な手続きは必要ですか?
- A. 確定申告書に所定の別表・明細書を添付して申告することが必要です。教育訓練費の上乗せを受ける場合は、その内容を記載した明細の保存も求められます。事前認定のような手続きは不要ですが、書類の整備が適用の前提です。
- Q. 個人事業主でも使えますか?
- A. はい。従業員を雇用する青色申告の個人事業主も、所得税について適用を受けられます。給与総額の前年度比で判定する点は法人と同じです。ただし生計を一にする親族への給与は集計上の取扱いに注意が必要です。
- Q. 設立初年度の会社は使えますか?
- A. 前年度との比較が前提となるため、比較対象となる前事業年度がない設立初年度は、原則として比較ができず適用が難しい場合があります。判定には個別の事情が関わるため、初年度の取扱いは税理士にご確認いただくことをおすすめします。
6. 参考資料・出典
本記事は道濟会計事務所が監修しました。