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労働経済白書2026|AI投資と人材投資をあわせて行う中小企業の実務
SUMMARYこの記事の要点3点
- 1ポイント1:厚生労働省は令和8年9月29日、令和8年版労働経済の分析を公表しました。テーマはAI等技術革新が進む中での労働市場の現状と課題です。
- 2ポイント2:AI投資は人的資本投資とあわせて行うことで効果が高まる、というのが第Ⅱ部の中心的な分析結果です。
- 3ポイント3:ツールの導入より先に、変えたい業務と育てたい人を決めてください。訓練費は助成金と税額控除の判定材料にもなります。
CONTENTS目次
厚生労働省は令和8年9月29日、閣議で令和8年版の労働経済の分析を報告し、その内容を公表しました。今回のテーマはAI等技術革新が進む中での労働市場の現状と課題です。報道ではAIで仕事が減るのかという部分が取り上げられがちですが、中小企業の経営にとって実用的なのは別のところにあります。白書は、AIへの投資だけでは効果が出にくく、人への投資とあわせて初めて成果につながる、という分析を数字で示しています。この記事では、白書のうち中小企業に関係する部分を抜き出し、訓練費やソフトウエアの税務の取扱いまで引き直して整理します。
制度・改正の概要
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労働経済白書は今回で77回目の公表
労働経済白書は、一般経済や雇用、労働時間などの現状や課題について、統計データを活用して分析する報告書で、厚生労働省は今回で77回目の公表としています。第Ⅰ部では2025年の雇用情勢や賃金等の動きをまとめ、第Ⅱ部ではAIの利用による経済成長や労働市場への影響を分析するとともに、AI時代における人材育成の課題について考察を行った、と説明されています。
第Ⅰ部が示す2025年の雇用と賃金
2025年は、完全失業率や有効求人倍率がおおむね横ばいで推移したが、就業者数や雇用者数が過去最高に達するなど、引き続き改善の動きがみられたとされています。賃金については、2025年の現金給与総額は、2年連続で5%台に達した春季労使交渉の賃上げ等を背景に、5年連続で増加した一方、実質賃金は、物価が4年連続3%以上の高水準となったこと等を背景に、4年連続で減少したと整理されています。
名目の賃金が上がっても実質で目減りしている状態は、採用と定着の両面で効いてきます。賃上げの原資をどこから作るかという問いが、AIの話とつながってきます。
第Ⅱ部の柱はITのときに何が起きたかの検証
第Ⅱ部第1章は、AIに関する統計データがまだ十分に蓄積されていない段階にあることから、過去のITの状況を振り返って考察する、という組み立てになっています。白書は、パソコンやインターネットが本格的に普及し始めた1995年頃をIT発展の初期と捉え、1995年から2004年を「IT導入期」、2005年から2014年を「IT定着期」としています。
| IT導入期(1995~2004年)の年平均 | 日本 | 米国 | 英国 | ドイツ |
|---|---|---|---|---|
| GDP成長率 | 1.0% | 3.4% | 3.1% | - |
| IT投資の変化率 | 3.5% | 16.4% | 7.5% | 7.3% |
| 人的資本投資の変化率 | 0.2%増 | 1.1%増 | 3.5%増 | 1.3%増 |
白書は、米国、英国、ドイツでは、IT投資と人的資本投資をあわせて推進していたが、我が国では、IT投資の伸び率だけではなく、人的資本投資の伸び率も低い水準にとどまっていたと指摘しています。さらに、IT投資を1%ポイント増加させた場合のGDP成長率の上昇分は、人的資本投資が少ない国のグループで0.015%ポイント、多い国のグループで0.034%ポイントと、約2倍の開きがあったとされています。
AIはITより速く広がっている
白書は、AIとITはいずれも「汎用技術」としての性格を有し、特定産業に限定されず、幅広い分野に影響し得る点で共通していると整理したうえで、普及の速さの違いを示しています。企業におけるインターネット利用率は、1996年時点では5.8%にとどまっていたものの、4年後の2000年には45.6%に達しました。一方、1億人のユーザーを達成するまでに要した期間でみると、インターネットが7年を要したのに対し、ChatGPTの世界での利用者は、サービス開始から2か月で達したとされています。
白書における「AI」は、経済協力開発機構(OECD)の定義を参考とし、入力された情報に基づき、予測、分類、推奨、コンテンツ生成、意思決定支援、機械・ロボット等の制御などを行う情報処理技術又はシステム、とされています。会計ソフトの自動仕訳や、問い合わせへの下書き作成も、この定義の範囲に入ります。
中小企業への実務影響
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AIの利用率は中小企業で低い
白書は、我が国のAIの利用率は、中小企業や社会インフラ関連分野において低い傾向がみられると述べています。一方で、生成AIに限ってみると、総務省の調査により、生成AIを一つでも業務で使用中である企業の割合が86.4%というデータも紹介されています。会社として導入しているのか、従業員が個人で使っているだけなのかで、この二つの数字の見え方は変わります。
地域差も示されています。生成AIの業務利用割合は、東京都で41.4%と高い水準にある一方、福井県で16.5%、島根県で19.2%、新潟県で19.6%と、2割を下回る県もみられるとされています。年代別では、男性は20歳台で52.1%、40歳台で37.1%、60歳台で27.1%、女性は20歳台で43.0%、40歳台で26.3%、60歳台で13.5%と、男女ともに年齢層が上がるにつれて利用率が低下する傾向がうかがえる、と整理されています。
人材戦略を持つ中小企業は少ない
最も重く受け止めたいのが、次の数字です。白書は、数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っていると回答した企業割合が、企業規模300人以上の企業でも14.2%、企業規模9人以下の企業では8.0%となっており、中小企業を中心に多くの企業において経営戦略と人材戦略の連携が弱いことがうかがえる、としています。
訓練の実施状況にも規模による差があります。正社員に対する計画的なOJTの2024年度の実施割合は、1000人以上規模の事業所が93.6%である一方、30~49人規模の事業所は53.1%とされています。OFF-JTについても、1000人以上規模の事業所が98.6%である一方で、30~49人規模の事業所が65.0%と、大きな差があると白書は述べています。
IT導入期の国際比較と同じ構図が、国内の企業規模の間でも起きているように見えます。ツールを入れるかどうかより、使う人を育てる計画があるかどうかで差がつく可能性があります。
リ・スキリングの効果は7割超の企業が実感している
取り組んでいない企業が挙げた理由として、必要性を感じない・どのようなスキルが必要か整理できていないと回答した割合は、29人以下規模で38.7%、30~99人規模で44.3%、100~299人規模で41.2%、300人以上規模でも46.2%と、どの企業規模においても高い水準だったとされています。労働者に時間を取らせる余裕がないとする割合は、29人以下で30.7%、30~99人で43.3%、100~299人で49.6%、300人以上で38.5%です。
他方、実際に取り組んだ企業の評価は高く、効果があったと回答した割合は、29人以下で79.1%、30~99人で83.8%、100~299人で87.2%、300人以上で87.2%となっており、全ての企業規模において7割以上の企業が、効果があったと評価していると白書は述べています。
ただし、その先に差があります。リ・スキリングを実施した企業のうち、取組を現状維持すると回答した割合は、29人以下で87.9%、30~99人で77.0%、100~299人で78.9%、300人以上で64.9%でした。白書は、リ・スキリングを実施した中小企業は、その取組の更なる推進に課題を抱えやすく、現状維持をしている様子が読み取れるとまとめています。効果を感じながら次の一歩が出ない、という状態が広く起きているということです。
職種によって需給の動きは異なる
第Ⅱ部第2章は、AI技術によって、大きな雇用の減少が生じている証左は、現時点で示されていないとしたうえで、職種別の有効求人倍率を比較しています。
| 職種 | AI導入前期(2016~2019年) | AI導入期 |
|---|---|---|
| 職種全体 | 1.52倍 | 1.27倍 |
| 管理・専門職 | 2.06倍 | 1.82倍 |
| 事務職 | 0.46倍 | 0.44倍 |
| 生産工程職 | 1.61倍 | 1.70倍 |
| 現場職 | 2.00倍 | 1.94倍 |
賃金の動きも示されています。職種計の賃金の変化は、AI導入前期が0.8%増加であった一方、AI導入期は2.9%増加でした。白書は、職種別で大きな差はみられなかったとしています。採用の難しさは職種ごとに違っても、賃金の上昇圧力はおおむね全体にかかっている、という読み方ができます。
当事務所の見解・実務上の注意点
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投資の順番より、同時に行うことが要点
白書の分析でいちばん実務に効くのは、AI投資と人的資本投資は別々に効くのではなく、組み合わさって効く、という点です。ツールを先に入れて使いこなせる人が後から育つのを待つ形だと、支払いが先行して効果が遅れます。逆に研修だけを先行させても、試す場がなければ身につきません。導入する業務をひとつ決め、その業務の担当者に時間を割り当てる、という小さな単位で同時に動かすことをおすすめします。
この観点は、クラウド会計・DXの導入支援の現場でも実感するところです。会計ソフトを入れ替えた会社で定着するかどうかは、機能の差より、入力する人の手順が整理されているかで決まっています。
ソフトウエアの費用は、入口で分けておく
税務の取扱いも押さえておきましょう。ソフトウエアは減価償却資産(無形固定資産)に該当し、購入した場合の取得価額は、購入の代価に購入に要した費用の額と事業の用に供するために直接要した費用の額を加えて計算します。導入に当たって必要とされる設定作業および自社の仕様に合わせるために行う付随的な修正作業等の費用の額は、取得価額に算入するとされています。耐用年数は、複写して販売するための原本または研究開発用のものについては3年、その他のものについては5年です。
請求書に導入支援一式とだけ書かれていると、費用処理できる部分まで資産計上することになりがちです。発注の段階で内訳を分けて記載してもらってください。
訓練費は助成金と税額控除の両面で効く
人材への支出は、人材開発支援助成金の対象になる可能性があるほか、賃上げ促進税制の上乗せ要件の判定材料にもなります。どちらも年度をまたいだ比較や計画の事前提出が前提になるため、支出してから探すのでは間に合いません。堺市の税務顧問としては、期首に教育訓練費の予算枠を決め、勘定科目をそろえておくことをおすすめしています。
なお白書は、AIは同一職種内の低スキル労働者ほど労働生産性向上の効果が大きい可能性が指摘されているとして、先行研究を紹介しています。経験の浅い従業員から使い始めるという選び方も、十分に合理的です。
うちの業種では無理と決める前に確かめたいこと
白書は、人間が持つ自らの思考や知識を理解・評価し調整する能力であるメタ認知が重要であり、AI活用による効果の発揮のために、向上させていく必要があるとの指摘を紹介しています。適切なプロンプト設計や結果の妥当性の判断といった過程において、人間の認知能力が重要な役割を果たすという指摘もあります。要するに、出てきた答えが正しいかを判断できる人がいないと使えない、ということです。
この点は、税務や経理の分野ではとくに重要です。生成AIが作った仕訳や計算を、根拠にあたって確かめられる人が社内にいるかどうか。いなければ、確かめられる外部の目と組み合わせる必要があります。導入の可否を業種で判断するのではなく、確認の体制を作れるかどうかで判断してください。
今すぐやるべきこと
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どれも一度にやる必要はありません。上から順に、着手の負担が軽い順に並べています。
- 自社のAI利用が全社的なものか個人任せかを確かめる
白書は、AIの利用率が中小企業において低い傾向にあるとしています。まず、どの部署の誰が、どの業務で、どのツールを使っているかを一覧にしてください。個人が自分の判断で使っている状態は、効果も把握できず、情報の取扱いの面でも管理が及びません。 - 経営計画に変えたい業務と変え方を1行で書く
白書は、数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っていると回答した企業割合が、企業規模300人以上でも14.2%、企業規模9人以下では8.0%にとどまるとしています。導入そのものを目的にせず、変えたい業務を先に決めてください。 - 訓練の計画を立て、人材開発支援助成金の対象になるか確認する
人材開発支援助成金は、職務に関連した専門的な知識及び技能を習得させるための職業訓練等を計画に沿って実施した場合等に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部等を助成する制度です。計画届の提出が先になるコースがあるため、研修を始める前に労働局へ確認してください。 - ソフトウエアの初期費用の内訳を分けて請求してもらう
ソフトウエアの取得価額には、導入に当たって必要とされる設定作業および自社の仕様に合わせるために行う付随的な修正作業等の費用の額を算入します。見積書の段階でライセンス料・初期設定費用・カスタマイズ費用・保守料を分けてもらうと、資産計上と費用処理の区分が決めやすくなります。 - 設備とあわせて導入するなら中小企業経営強化税制の適用可否をみる
中小企業経営強化税制は、中小企業等経営強化法の認定を受けた特定事業者等が、平成29年4月1日から令和9年3月31日までの指定期間内に、特定経営力向上計画に記載された新品の特定経営力向上設備等を取得した場合の制度です。一定のソフトウエアも対象に含まれるため、計画の認定を先に済ませる必要があります。 - 教育訓練費を前年と比べられる形で集計する
賃上げ促進税制の上乗せ要件は、教育訓練費の前年からの増加割合と、雇用者給与等支給額に対する比率で判定します。研修費・外部講師料・eラーニング利用料などを同じ勘定科目にまとめ、年度ごとに比較できるようにしておくと、決算のときに計算がすぐ終わります。
助成金の計画届や経営力向上計画の認定は、支出の前に手続が必要になる場合があります。導入を決めた段階で、先に手続の有無を確認してください。
よくある質問
- Q. AIを入れると人員を減らせるという話は、白書でも裏づけられていますか?
- A. 白書は、AI技術によって、大きな雇用の減少が生じている証左は、現時点で示されていないとしています。先行研究の整理でも、多くの職種においてはAIが業務の一部を補完する役割を中心に活用されていると述べられています。人員削減を前提に導入計画を立てると、効果が出ないまま費用だけが残る可能性があります。業務の置き換えではなく、既存の人の生産性を上げる使い方から始めるのが現実的です。
- Q. 中小企業はAIの利用が遅れているのでしょうか?
- A. 白書は、我が国のAIの利用率は、中小企業や社会インフラ関連分野において低い傾向がみられるとしています。一方で、総務省の調査では生成AIを一つでも業務で使用中である企業の割合が86.4%というデータも紹介されています。全社的な導入と、一部の従業員が個別に使っている状態とでは意味が違います。自社がどちらなのかを先に確認してください。
- Q. 事務職の仕事はAIに置き換わっていきますか?
- A. 白書の有効求人倍率の比較では、AI導入前期(2016~2019年)の事務職が0.46倍、AI導入期が0.44倍で、もともと1倍を下回る水準が続いています。管理・専門職は2.06倍から1.82倍、生産工程職は1.61倍から1.70倍です。事務職の需給が緩いのはAI以前からの傾向であり、白書も職種によってAIの影響が異なる可能性を指摘するにとどめています。
- Q. 社内研修の費用は、税務上どのように扱いますか?
- A. 従業員の職務に必要な知識や技能を習得させるための費用は、一般に損金に算入されます。さらに全企業向け賃上げ促進税制には教育訓練費の上乗せ要件があり、教育訓練費の額から比較教育訓練費の額を引いた金額を比較教育訓練費の額で除した割合が10パーセント以上で、かつ教育訓練費の額を雇用者給与等支給額で除した割合が0.05パーセント以上であることが求められます。
- Q. AIツールの利用料は資産計上が必要ですか?
- A. 月額課金で利用するだけのサービスは、一般に支払った期間の費用になります。一方、ソフトウエアを購入した場合の取得価額は、購入の代価と購入に要した費用の額に、事業の用に供するために直接要した費用の額を加えて計算します。導入に当たって必要とされる設定作業や、自社の仕様に合わせるために行う付随的な修正作業等の費用の額は取得価額に算入するとされているため、初期費用の内訳の確認が必要です。
- Q. メタスキルとは何を指しますか?
- A. 白書は、メタスキルに確立された定義があるわけではないとしたうえで、論理的思考力、批判的思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力など、特定の業務にとどまらず幅広く応用可能な能力としています。職種別の平均スコアは全体平均が1.3点、管理職が1.6点、専門職が1.5点、現場職が1.1点、生産工程職が1.0点とされ、職種による差がみられるとまとめられています。
参考資料・出典
- 厚生労働省「「令和8年版 労働経済の分析」を公表します」(令和8年9月29日)
- 厚生労働省【概要】令和8年版 労働経済の分析(PDF)
- 同 第Ⅱ部第1章 AIの進化は経済成長につながるか(PDF)
- 同 第Ⅱ部第2章 AIの進化による労働市場への影響(PDF)
- 同 第Ⅱ部第3章 AIの進化による人材育成の課題(PDF)
- 厚生労働省「人材開発支援助成金」
- 国税庁「No.5461 ソフトウエアの取得価額と耐用年数」
- 国税庁「No.5434 中小企業経営強化税制」
- 国税庁「No.5927 全企業向け賃上げ促進税制」
本記事は道濟会計事務所が監修しました。
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